夜逃げ

1986年(昭和61年)9月17日、私は玄関の "ピンポーン" という音で目が醒めた。

部屋の時計を眠い目で見ると、未だ午前7時前でした。 心の中で『誰だ、こんな朝早く!』と思いながら、布団から出て玄関に向いました。

また、 "ピンポーン" となり、ドアの向こう側にヤツらが苛立っているのが分りました。 ドアを開けると、見るからに向こうの人と分かる男が3人立っていました。

『マスター、山辺が逃げたぜ! 何のねえよ!』と言われ、私の思考回路は少し機能しまともになりました。 私は "やはりな" と思っただけです。

『家に行きますか? ちょっと着替えてくるまで、待っていて下さいよ!』と私が言うと、背の高い男が『行っても何のねえよ! マスターが見たければ連れて行くよ。 マスターに逃げられたら洒落にもならないからな!』

『何で、私が逃げるんですか?』

『分かった分かった。 早く用意してよ!』と言うか言わぬ内に、私は3人の男に背を向けて部屋に入っていきました。


8月16日に産まれたばかりの息子の建を抱いた妻の幸子が『大丈夫なの?』と不安げに言いました。 幸子の得意な台詞です。 これからも出て来ますが、彼女は何か事が有ると『大丈夫な?』と、私に弱々しく聞いてきます。

『心配すんなよ。 何とかするよ。』と何度も返事します。 今まで何とかなっていました。 私の感覚で、今回はそうではなさそうだと思ってはいましたが・・。

『山辺の家に、ちょっと行って来るよ。 直ぐ戻るから。』というと。 ポロシャツとGパンに着替えて3人の処に行き『じゃ、行きますか!』と言うと、3人の男は、何も言わず私の前を歩き、エレベータホールに向かいます。 大きな男4人が、 エレベータに乗ると、やはり重苦しい雰囲気が流れています。 誰かが乗ってきたら、相当嫌な感じだろうなと、余裕も無いのに、そんなことを考え1階に着くのを黙って待ちました。

外は、細かい雨が降っていて蒸し暑さが増していました。 車が走り出し2~3分後、助手席の男が『マスター、山辺はどこに逃げたか知ってんだろ! それかマスターが逃がしたんじゃないの?』と、話し始めました。

『何を言ってんですか! 逃げられて一番困るのは、私ですよ!』と、こんか会話をしている内に私は、助手席に座っているオールバックの男が、山辺に500万円位貸して(その借金の保証人に私がなっている)いる、金貸しの男だと確信しました。 なんせ、山辺は十数社から 借り入れし、借りては返す借りては返すを繰り返していたので、私もいちいち覚えてもいないのも事実です。 また、私と山辺の関係がズブズブなのも否定出来ませんでした。


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